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けいるのブログ

「ただの日記」の左斜め上を目指す雑記男子のブログ。

感情と統計は正反対だし、ただ数を並べるのはむしろ危険だよ?

アメリカではエイズへの寄付金よりも9.11テロへの寄付金の方が多い。

エイズの方が多くの人の命を奪っているのにである。

これはなぜだろうか?

 


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これはずばり、感情的か、統計的か、の差である。

 

感情的と統計的

 

上の例に当てはめるならば、9.11テロは感情的、エイズの問題は統計的なのだ。

 

9.11テロというのはアメリカ国民の感情に強く恐怖や憎しみ、不安を与えた。

もしかしたら、自分の町も、、、と思う人もいただろう。

 

そして、とても短期間の出来事であり、マスコミも大々的に報じた。

これも人々の感情へ訴えかけたのだ。

 

 

 

一方、エイズの問題というのは主に遠いアフリカの話だと考えられ、マスコミもまず取り上げない。日常の会話でも出てこない。

 

そしてなにより、伝わってくる一年で何万人が死んだ、孤児が何万人だという情報は統計的な情報なのだ

 

 

 

人はなんだかんだ言って感情で動く。

基本は「快感を得るため」もしくは「苦痛から逃れるため」に。

 

 

そして統計的なものは感情のスイッチを切る。

様々なデータ、数字が並べられても感情は動かないのだ。

だからエイズの問題に対しては寄付が集まりにくいということだ。

 

 

 

 

小さな問題と大きな問題

 

これも結局は同じで、感情的か、統計的か、の話だ。

 

例えばニュースでよく取り上げられる交通事故はある意味小さな問題だ。

そして環境問題は文字通り地球規模の大きな問題である。

 

 

ではどちらに人々の興味関心は向いているか。

交通事故だ。

 

人は亡くなった方、怪我をした方、その家族のことを考える。

感情が動く。

 

そして人は自らに関係しそうなことには興味関心を持つ。

 

 

しかし、環境問題には身の危険を感じない。

 

100年で地球の平均気温が何度上がったとか言われても、ふーんで終わってしまう。

 

本来は誰もが環境問題についてもある程度の関心を持つべきなのだが、そうはいかない。

 

 

 

 

人々の関心は、大きな問題には向きにくいのだ。

 

 

 

 

 

日本ユニセフの取り組み

 
日本ユニセフのCMを見たことがある人もいるのではないだろうか。
 
 
 
この中には、感情に訴えるために様々な作戦が練られている。
 
 
 
 
 
まずは名前と同時に小さな子供を出すこと。
 
 
 
例えば『アフリカ南部のジンバブエに住む○○という男の子は、栄養失調で〜〜〜』というかんじだ。
 
 
 
 
名前を出すのは特定の一人という狭い世界を見せるためである。
 
 
 
ここで『アフリカ全体で栄養失調により毎日〜人の子供が亡くなっています。』といってはいけないのだ。
 
 
 
 
また、『この子には時間がありません。』というのも、人を動かすためのものだ。
 
 
実はこれはテレビショッピングのやり方と何ら変わりはない。
 
「期間限定」、「本日限り」、と変わりはないのである。
 
 
 
 
 
 

 

まとめ

 
 
人を動かすのは感情である。
 
感情を動かせば人も動く。
 
 
しかし、数字が並ぶような統計的な情報は時として感情のスイッチを切ってしまう。
 
 
つまりただデータを並べるだけが良いとは限らないのである。
 
相手の立場に立ち、心を揺さぶるものを見つけ出すことができれば、その人は行動に移すだろう。
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